寺本まこと。無宗教のブログ。

寺本まことのブログ。私は20代は人と会うよりも付き合うよりも会話するよりも読書する時間が多かったです。私は7歳頃からインターネットをしているけど(2024年5月6日現在現在私は29歳)アフィリエイトや投げ銭でお金を稼いだことはないです。ノンアフィ、金銭(現金)による収益無しでずっとインターネットをしてきました。それはこれからもずっとそうです。インターネット団体や公式応援団や政党からのスカウトがないかなんてずっと冗談半分で思い笑う日々ですが。私は今完全無所属のフリーの立場です。私は無宗教。

願い事を忘れると願い事が叶う理由。願い事が既に叶っている世界を観測し続けることが大事。

願い事を忘れると願い事が叶う理由。願い事が既に叶っている世界を観測し続けることが大事。
①願い事を覚え続け執着し続けているとどういうことになるか。願い事が叶っていない世界に
自分が存在し続けることになってしまう。
②石田久二さんがお正月に封筒に今年叶えたい願いを書いた紙を入れ忘れるということを
習慣にしていると本に書いていた。その封筒を翌年のお正月に開けてみると
ほとんどの願い事が叶っていることに気付くという。
③これはどういうことかというと願い事を一年間忘れることを前提にすることにより
既に願い事が叶っている世界を観測し続けることになる。
だから翌年のお正月に封筒を開けて願い事を書いた紙を見てみると
ほとんどの願い事が叶っているということに気付くというわけ。
④人間にとっての願望実現とは自らが体験、経験する内容を
意図として引き寄せることを指すのである。
素粒子は意識を向けられたり思われたり感情で感じられた通りに
形を変えるのである。ますように、なったらいいなというような
願い方が駄目なのは、素粒子には善悪を認識する能力がないから。
ますようにと願うと願い事が叶いますようにという世界にずっと
自分が存在し続けることになる。つまり願い事が叶いますようにと
願い続ける世界に存在し続けるので願い事が叶うことがなくなってしまう
ということだ。
⑥願い事を忘れる=願い事が既に叶っている世界を観測し続け生きていく
ことになるということ。つまり願い事が叶って当たり前の世界に
自分が存在し続けているので願い事が叶うということ。
素粒子も既に願い事が叶っているという風に変化する。
意図して観測されることにより(意図して意識されたり
思われたり感情を感じられたりして)素粒子が波から粒へとなる現象が繰り返されて
(意図して観測した通りに物質化し続けて)
現実も変化してくるからである。
⑥願い事を忘れるうえで大事なこと。それは願い事を願ったら
願い事を忘れるぐらい日常で幸せを感じてやりたいことをして
「願い事って何だったっけ?」と思うぐらいに日々を幸せに
生きていくということ。そして人生の使命、この世に生まれた意味とは
自分の喜びを追及して生きていくという風に思って生きていくことです
(⑥に書いたこれらのことは奥平亜美衣さんの本に書かれていることです)。
⑦既に願い事が叶っている世界に移行することが大事なわけだから
願い事を忘れて生きていくことが大事というわけです。
願い事が叶っている、叶ったという世界に移行するためには
願い事を忘れることが大事です。
人は自分が素粒子を観測した通りの人生を歩むからです(素粒子は万物を構成するものです。
この世に存在する全てのものは素粒子で出来ています。ちなみに現象、出来事も
素粒子で出来ています。素粒子には物理世界の法則が通用しません。だから奇跡も起こって当然なのです)。